JASS ベトナム事務所ホームページ


8月29日(月)ミンさんと今後の活動・組織形態等懇談

午前5時起床する。

インターネットで日本の話題を見る。一番アクセス数の多いニュースは女優高畑淳子の

息子裕太婦女暴行事件。

謝罪会見などの映像を一部見る。高畑淳子という女優さんも知らないが、どうみても

「母子一体」親子としか見えない。親子は友達ではない。厳しいが「一定の緊張感」を

仲介して成り立つ特殊な人間関係である。「馬鹿親にして馬鹿子あり」。

親子関係の一定の限界線を越えた親子の行き着く先はこうなるという見本と見た。

子どもの家の子どもたちの方が余程人間として立派であり、自立している。

午前7時朝食。「肉団子入りブンボー」。

大量の「もやし」や「野菜」があり、肉、でん粉がある。

栄養学的には、筋の通った食事である。美味しい。私はフエ名物「ブンボー」

とハノイ「フォー」は好きである。

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午前中、部屋で子どもの家、ベトナム事務所の諸問題について意見を

まとめる。子どもの家、事務所等「財政問題」を整理する。深刻。

午前11時、昼食。「手打ちうどん」美味しい。

毎昼食は「手打ちうどん」で良い。日本料理店を開店し営業した

お陰で、料理のトウオイさんは手打ちうどんを覚えた。

近くの市場で「小麦粉」を買い、自分で手打ちうどんを作る。

「うどんのつゆ」は、青少年教育の会ツアーの皆さんが日本から

持って来てくれた「そばつゆ」。森田さん・加藤さんに感謝。

猛暑のフエでは、肉や脂の濃い麺類は喉を通らない。

日本の鰹節の出汁(だし)と香りが、プーンとする「そばつゆ」を

使うと、一層食欲が沸く。

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午後2時。バオミンさんと「子どもの家」「JASSベトナム事務所」の

財政、組織等、全般的な見直し検討作業を行う。

子どもの家の子どもたちが「29人」となった。ベトナムの貧困率が

この間、相当改善されたのは、事実である。ベトナム経済の進展、

貧困の改善等、ベトナム人の勤勉な労働と矛盾も多い「ドイモイ政策」

の一定の成果と見た。その結果、路上の子供たちはほとんどいなくなった。

子どもの家への入所者も激減した。最盛時80人ほどいた子どもたち

も現在は、29名。毎年、急激に子どもの家の子どもたちは減って来ている。

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現在、寮母さん・事務所スッタフの合計が15人。子どもの家の子どもたち

29名、在宅支援(自宅にいての支援)9人。合計38人の子供たちの支援

をしている。最盛時、子どもの家「80人」、在宅支援「60人」、合計

140人程の子供たちの面倒を見ていた時もあった。

現在15人のスタッフ(寮母さん9人、事務所6人 合計15人)で

38人の子どもの家の子どもたちの支援をしている状況である。

スタッフは昔のままの「定員数」であるが、子供たちは激減している。

収入は、子どもの数に比例している。現在のスタッフ数は、子供たちが

100以上いた時の定員数のまま、今日に至っている。

もう給料等を支払えル「ぎりぎり」の所まで来ている。

一般の会社であれば「倒産」している。こうした現状を認めた上で

今後、子供たちの成長を保証し、現状のJASSに対する課題に見合う

スタッフ配置定数を明確にし、財政の抜本的な改革が喫緊の課題となっている。

 

 

 


8月28日(日)久々の休日

今日も1日、インターネットは断続的に停止し使えなかった。時々、接続する

インターネットに合わせて、何とか文章・メールなどを書いている。

既に1ヶ月以上もインターネットは「ちゃんと」使えない状態が続いている。

困ったものだ。一党独裁国家は、「批判」が正しく作用しない。ほとんど『無視』。

権力を握っている『一党』とその関係者だけが甘い汁を吸っている。

外部からの批判が、真っ当に政策等に反映しない。私の使っているプロバイダーは

ベトナムの軍隊が経営している。「ベトナム革命を推進した中心の人たち」「現在の

ベトナムの国会権力を握っている人た」である。しかし、インターネットを提供する

プロバイダーを軍隊が作っていながら、1ヶ月以上も真っ当にインターネットが使えない

まま放置し、「利用料金」だけは、徴収するという「甘い仕事」をしている。

7月のカレンダーを見た。

各種スタディー・ツアーなどで、ほとんど毎日『案内等』の仕事を行い、

多くの日本の若者や訪問者と懇談した。子どもの家、JASSベトナム事務所に

お越しの皆さんに改めて御礼を申し上げたい。

実際にベトナムのフエ市で展開している私たち「JASS]の現地での活動・実態を

日本の皆さんに知って頂く事は本当に意義のあることだと思っている。感謝。

8月26日の「青少年教育の会」のツアーが終わり、8月の大きなツアーは終了した。

今日の日曜日は、久し振りに「ほっと」した気持ちで「一人部屋で」過ごした。

9月9日から13日までの『地球の歩き方』ツアー終了に合わせて日本へ「一時帰国」

する予定になっている。今年のフエは連日40度を越える「猛暑」だった。部屋の

エヤコンもあまり利かず、どこにいても「猛暑」「熱暑」から逃れることは出来なかった。

23年間・23回の「フエの夏」を経験したが、今年が一番暑く、過ごすのが大変だった。

それには、もちろん「年齢的な老化」も相乗効果の役割りを果たし、疲れと体力・気力低下

をもたらしたものと思われる。

8月・9月と多くの日本の皆さんが子どもの家へお越し頂き感謝している。

7月・8月と多くの訪問の皆さんと懇談したり、案内をし、多くのことを学んだ

気がする。日本の中学生がフエ・子どもの家に来て、交流・滞在したことは一番

記憶に残ることではあった。

 


8月25日『青少年教育の会ツアー』ダナンへー26日日本へ帰国

午前8時、「青少年教育の会」(森田代表・加藤事務局長)ツアーが

フエを出発。ダナンへ。

8月26日A10:30 ダナン発で成田へ帰国予定。

8月19日~8月26日の間、ベトナムへ滞在。

横浜の中学生を引率しベトナム・子どもの家ツアーを

実施。今夜、ダナン~成田便で帰国。

16年間、毎年中学生ツアーを実施。頭が下がる。

この間、総計推定で250人~300人程の日本の中学生を

子どもの家へ案内し、子供たちの「日越交流」を組織した。

「言うは易し、行うは難し」である。16年間に亘り

毎年日本の中学生を子どもの家に案内し、交流するプロジェクト

を行うことは難しいことである。頭が下がる。

 

 

 


8月24日「フールー小交流」(6日目)

午前6時起床する。

午前7時朝食。『野菜たっぷりの「フォー」』

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午前中、子どもの家の現状と今後の展望について「文書」にまとめる。

財政的に厳しい現実が浮き彫りになる。

関係各位に必要なことをメールする。

 

午前11時昼食。食べたかった「盛りうどん」

美味しい。ほっとする。油っぽいベトナム料理は食傷気味。

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正午、昼寝。

午後1時、日本の関係者にメール送信。

午後1時半、「青少年教育の会」の皆さんが泊まっているホテルへ

電動バイクで行く。

バオミンさん・ツアーの皆さんと合流し、「フールー小学校」へ

1993年年9月01日に私はフエにやってきた。

ほぼ初めてフエに来た日本人と言える。

フエ師範大学日本語学科主任として赴任。大学の中の教員用の

寮に宿泊する。教員用の寮の専属シェフさんと仲良くなる。

このシェフさんの奥さんが、偶然、フールー小学校の教員だった。

時間の空いている時、この奥さんの紹介で「フールー小学校」

を参観した。それからフールー小学校の先生方と仲良くなり、

年末のフールー小学校の教員の「納め会」や船上の忘年会などに

呼ばれ、すっかり「フールー小学校」の先生方と馴染みになった。

今日のフールー小学校の校長・副校長は、それから5年ほどして

フールー小に新任教員として就職した先生だった。

また、フールー小には子どもの家の卒業生である「ユオンさん」が

就職している。現在は、1年生の担任をしている。

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ユオンさんの授業を参観する。私も小学校の教員をしていたので

教室に入りその雰囲気をみれば、「良い先生かどうか?」およその

雰囲気は分かる。ユオンさんは、教員になって5年ほど経つ。

落ち着いて、お母さんらしい雰囲気をだしながら、子供たちに

「厳しく」、やさしく接していた。ほぼ、私の理想とする教員像を

体現していた。

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口で言うだけでなく、ユオン先生が直接子供たちの手を取って

教えている様子を見ると「なかなか良い先生に成長したな」

と思った。子どもの家にいた頃は、大人しく、口数も少ない

子どもだった。こうして子どもの家で生活していた子どもが

教員になり、次の世代のベトナムを担う子供たちを教育している

様子を見るだけで「23年間のJASSの苦労が報われた」と思った。

ユオン先生が更に精進し、更に子供たちに親しまれる先生になってほしい。

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フールー小学校のこどもたち。数年前までは、フエ市で最も貧しい家庭の

子弟が通う小学校だった。

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休み時間、子供たちと遊ぶ

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日本の体育館履きを寄贈する

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午後4時過ぎ、子どもの家へ。子供たちと交流・「お別れ会」をする。

ラオスにいたチュック君(水色Tシャツ)が帰ってきていた。

 

午後6時、船上レストランで「お別れ夕食会」

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食後、参加者一人ひとりが今回の「フエ滞在」の感想を言い、

閉会となった。明日朝、ダナンへ移動する。

 

 

 

 

 


8月23日「ファン・サオ・ナム中」と交流 (5日目)

午前6時起床する。

午前7時朝食。

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今回、「青少年教育の会」ツアーには  ほぼ100%同行した。

少し「息切れ」がして来た。ほぼ1ヶ月続いている「40度の猛暑」は

「ボディーブロー」のようにじわじわと「疲労」を呼び込んでいる。

午前中、この間、溜まった仕事をこなす。多数のメール受信。返信。

午前11時に昼食の予定だったが、「食欲がないので中止」。

軽く日本茶を飲んで横になる。かなり『暑さ』と疲労で参っている。

午後、ソン君が来てくれる。インターネットの「JASS・HP」への投稿が

出来なくなっている。ソン君に見てもらい、見事に直してもらった。助かる。

この数ヶ月、フエのインターネット事情は最悪。未だにインターネットが接続

される時とされない時、接続されても「電波が弱い」ので正常な接続が出来ない

時が多い。皆さんが使わない午前0時過ぎに「ブロクUP」をするのが、

一番時間の節約になる。日中や午後8時位までは多くのフエ人がインターネット

を使うので、「真っ当にインターネット送受信」が出来ない。

午後3時過ぎ、「青少年教育の会」が投宿しているホテルへ。

フエ市内にある公立中「ファン・サオ・ナム中」と交流会を行う。

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(ファンソナム中学へ行く車中。子供たちは旅の疲れからか・・

車中で「舟をこぐ」子どもも居た)

ファン・ソン・ナム中学校では、実験的に日本語教育が行われている。

日本語を勉強しているベトナムの中学生と日本の中学生が交流を

行う。

挨拶、それぞれおの国などを紹介した後、「日越の腕相撲大会」を

行う。それまで「大人しかった」子供たちが、日越腕相撲大会になったら

一気に沸き上がっていた。

自己紹介・日本紹介

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はじめは、ベトナム語の本を見ての交流だったが、途中で「腕相撲大会」に

切り替わり、「大沸騰」。

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午後6時、インド料理屋へ。

大きな「ナン」

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JASS青少年教育の会ツアー団長の森田さん

森田さんは糖尿病が悪化し、かなり強度の「食事・カロリー制限中」。

食事時になると「食べる量が決まっていて」相当苦労していた。

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以前、ベトナム事務所で短期間生活した石井君。

ツアーのリーダーとして活躍していた。

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夕食後、ホテルに到着。今日のJASS側のガイド担当の「アンさん」。

きめ細かく・丁寧に案内していた。

解散前にツアー参加の中学生に最後の「訓示」をする加藤事務局長

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今日も無事終了。ほっとする。午後8時。


8月22日 青少年教育の会ツアー   (4日目)                「子どもの家」の子供たちと交流ーシクロで町へ・チュー・バン・アン中学生と交流

午前6時起床。

午前7時 朝食。「ブン・ボー・フエ」(フエ名物 唐辛子入りブン麺)

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午前8時過ぎに「青少年教育の会スタディーツアー」の皆さん投宿のホテルへ。

その後、子どもの家へ。

午前9時、JASSの里親財政を長年担当してくれている渡辺さんが

ベトナム事務所へ来訪。日本からJASS会計のお金をベトナム事務所まで

持ってきてくれる。 深謝。

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渡辺さんは「フエ中央病院小児科」と提携し、子供たちの医療支援を

行っている。同時に「JASSの里親会計」も担当。見えないところで

JASSのために大きな仕事してくれている。

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午前中、日本の中学生と子どもの家の子どもたちは一組になり、シクロに乗り

フエ市内観光

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子どもの家の子どもで、今年の7月に「フエ観光大学観光学科」を卒業し

現在、就職活動を行っている「NGAさん」。

夏休みの休暇で子どもの家へ帰ってきた。ハノイ生まれで両親不明。

名実共に天涯孤独。既に10数年、子どもの家に在住している。

勉強が好きな子である。家族・親族などが全く居ない(現時点で)ので

自分の力で生きていくしかない。幸い、「勉強」という武器を持っていた。

こういう子どもは、その武器を生かして、できるところまで進学させて

やりたい。大学を卒業した今、きちんとした就職先を見つけてやりたい。

(下、小山とガーさん)

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高校入試に合格し、アオザイを着て今日はじめて学校へ行った。

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今日の昼食。

・カレー風味の肉・じゃがいも・人参・・・・

・煮魚

・野菜スープ

・ご飯

JASS教育の会の皆さんと子どもの家の子どもたちが

一緒に昼食を摂る。

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午後3時。子どもの家の子どもたちと『青少年教育の会』の皆さんは

一緒にフエ最大の市場「ドンバ市場」に買い物に行く。

買い物が終わって、市場の喫茶店でジュースを飲む。

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今日は子どもの家の医師「タム先生」も一緒にドンバ市場へ。

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午後5時。フエ市最大の生徒数を誇る中学校の一つ

「チュー・バン・アン中学校」を訪問。交流する。

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チュヴァンアン中学校で「日本語」を専修している生徒さんたちと交流。

日本語で自己紹介をする。その後、両サイドから「質問」「回答」を繰り返す。

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午後6時半。夕食レストランへ。夕食はフエの「海鮮鍋料理」

美味しい。

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午後8時、夕食終了。車でホテルへ帰る。長い一日だった。

ツアー参加の中学生の皆さんには、刺激的且つ学ぶべきものが多い

交流だったと思う。


8月21日青少年教育の会ツアー3日目

午前7時半、フエ市内のホテルへ。

青少年教育の会スタディーツアーの皆さんと合流。

 

 

 

★朝、目覚めて読書。昨日、日本の京都在住『豊田観光の豊田さん』に

送って頂いた「罪の声」(塩田 武士著:講談社)を読み始める。

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今日は午前8時集合で「青少年教育の会ツアー」に同行する。日曜日。

食事係りのTUOIさんは休日。朝食を摂らずに「ムンタンホテル」へ。

青少年教育の会の加藤さんの司会で朝の打ち合わせ。

JASS観光のソン君が今日の日程を掻い摘んで説明。ツアーガイドとして

「板に付いて」来た。板に付くに連れて、体格も板に付いてきた。

 

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今朝、中1の男子一人が多少「体がだるい」とのことなので、安全を最優先し

午前中ホテルで休養するようにした。(午後は体調が回復しツアーに参加)

今日の朝会の冒頭挨拶をするのは、団長の森田さん

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青少年教育の会のツアー参加者は、真面目で「馬鹿騒ぎ」など一切しない。

団長さんの話を真剣に聞いている。参加者の服装・言葉遣い・態度などを

見ると、しっかりした家庭のお子さんと見た。やるべき時には、100%

気持ちを集中させ、全体の皆さんに迷惑をかけないよう行動することが出来た。

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車でベトナム社会主義の基礎となる若者を大勢日本へ留学させた

「ファン・ボイ・チョウ記念館」へ。

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続いて日本の清水寺にあたるベトナム最高の仏教寺「ティエンムー寺」へ。

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ティエンムー寺は清流「フオン河」の下流・河が蛇行する場所に建てられ

ている。川の先には、フオン河上流の山岳地帯が見える。今日は快晴。

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ティエンムー寺は、現在でも「子供たち」を入門させて、育てているお寺でも

ある。仏教指導の教室の前にて。左から「加藤副団長」「石井団員(以前、1年ほど

JASS事務所で活動した)と「小山」

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その後、フエ最大の「スーパーマーケット」(ビックC)へ行き、今夕行われる

子どもの家での「お楽しみ会」用に子どもの家の子どもたちに『飲料』を購入する。

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正午、市内の「フォー専門店」(ベトナムの名物うどん)へ行き、昼食。

午後1時、ホテルへ戻り昼寝・休養に入る。私も自宅へ帰り、昼寝をする。

午後2時、再び「子どもの家」へ。

今夜行われる「JASS青少年教育の会」と子どもの家の子どもたちの

BBQ交流会の準備をする。

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子どもの家の子どもたちは、肉が好きだ。BBQ大会を待ちに待って

いた。準備から焼き食べるまで全て子供たちが行う。

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夕方になり子どもの家のスタッフ・子供たち、

JASS青少年教育の会訪問団の交流・BBQ大会が始まる

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